スクーリングに行ってきた
佛教大学の社会福祉の通信教育をはじめた。この夏はじめてのスクーリングに行ってきた。なにしろ遠い。通うだけでふらふら、その上に子どもの保育所の送り迎えの手配やらなんやらで、嵐のような9日間であった。(助けてくれた保育所のおかあさんたちや私の家族に感謝、これからもよろしくね)
しんどいけど、スクーリングはおもしろいし、ためになる。なにしろ、社会人が多いこともあって、真面目で真剣な人が多い。私が大学に通っていた時とちがって、みんな勉強してるなという感じである。
講師も、老人福祉施設や児童養護施設の施設長、医療ソーシャルワーカーなどの社会福祉の現場を持っている人が多く、実践や経験を踏まえた講義に、感動したり、感心したり、心が動く学びの時間だった。例えば、シンポジウム形式の授業があってテーマは阪神大震災後今はどうなのか、そうして、社会福祉はなにができるのかだったりする。授業で流されるビデオは、日本やスウエーデンの知的障害者のグループホームでの自立の実践だったり、ドイツの介護保険のシビアな現実だったりする。(ただ、一方で自分の記憶力、知識力の貧困さに泣きたくなることも何度もあった)
中でも今回私が履修した講義で一番印象に残ったのが、社会福祉方法論での集団援助技術(グループワーク)である。講師は京都のユースホステル協会の理事長の正木隆之さん。100人強の受講生がグループワークを3日間、参加体験型学習で学ぶことができた。この授業ではメンバーであると同時に、ワーカーという対人援助者である視点も忘れずに参加するというものである。性別も生活地域もちがう7人がいきなり、ひとつのグループになっていろんな課題に取り組む。そのプロセスで、グループの成長や、個人の成長、人間関係、コミュニケ−ションなどを学ぶのである。砂漠で飛行機が墜落したときに、助かるために何を持ち出すか優先順位をつけるというワークがあった。最初個人で考え、あとでグループ討論で結論をだすという作業をするのだが、かなりの人が最初に個人で考えた答えより、グループで考えた結論の方がより生存率の高いものであった。やっぱり、個人よりみんなで知恵をしぼったほうがいいのだなと妙に納得した。また、最初はみんな知らない人たちとの作業で戸惑っているのだが、だんだんと、グループの仲間だという意識が高まり、座る位置すらぐっと近づいてくる。たった3日間だったけれど、ささやかな葛藤もあり、それを乗り越えることで、ちょっとした感動も経験できた。最後にみんなで書きあった「私ってこんなにステキ」というシートには、暖かいみんなからのメッセージがあふれている。私のグループでは、そのシートを見て感激で泣き出す人もいたぐらいである。まさに、エンパワメントのプロセスだった。
そのグループで出会ったA君は宮城から来ていて、そこそこおしゃれで、今時の男の子というか青年である。「俺って一見、すぐきれそうな危ない人にみられるみたいで、体育の時間、完全ういちゃってキツカッタすよ」という彼の言葉がなぜか印象に残っている。彼をはじめ、この夏のスクーリングで出会った若い人たちは、無表情というかたいオーラで包まれている。でも、ちょっとしたはずみで話はじめると、いろんなことを感じたり、悩んだり、考えたりしていることがわかる。調子のりの私は、ついついうれしくなって、冗談とばして笑いをかまして、がんばれとエールを送ってしまう。伝わるかな?
ところで、私は自慢ではないが、通信教育では何度かお金を捨てるという経歴を持つ。黙って?こっそりはじめて、黙って?こっそりやめているのが今までなので、今回は会う人会う人にやたら、話している。みんないい人で、情報をくれたり、応援してくれたりする。通信教育を続ける最大の秘訣はプレッシャーだとある講師もいっていた。これで、続かなかったら、みんなにあきれられるだろうな。でも見捨てないでくださいね。お願いだから。
李 福美(い ぽんみ)