ひよこママのつぶやき

ちびぷうちゃんの話 第3話

 保育園に迎えにいくと先生が「お母さんすみません。今日遊んでいて、ここを…。」と園児のおでこやらほっぺやら足を示し、その時の状況を説明している場面を見かけることがある。転んですりむいたり、おもちゃをぶつけたり、といった自分が原因のものと、お友達に引っかかれた、つねられた、かまれたといったもめごとが原因のものとがある。ちびぷうちゃんも目の横がすれて赤くなっていたことと、ひざをすりむいていたことがあるが、前者はお昼寝明けに先生が見つけたので状況は分からないが、それまでにけんかなどはなかったらしいので、自分で引っかいたのかもしれないし、後者はお散歩途中に転んだとのことなので仕方がない。ただ、「お友達にかまれた。」と跡の残った手首を見せられると、やはり複雑な気持ちになってしまう。

 私はちびぷうちゃんが物を投げたり、かんできた時などは出来る限り「してはいけないこと」だと教えるようにしている。人をたたいたりもして欲しくないと思っている。でも、集団生活の中で子ども達がいつもいつも仲良く遊べるわけはなく、おもちゃを取り合ったり、順番を争ったり、いろいろな経験をしてその中から必要なルールを身につけていくことも大切なことだとも思う。その中での「たたいた、たたかれた」はある程度見過ごさなければいけないと理屈では分かっているのに、いざそういうことが起こると平然としていられない自分に気付く。そして、「イヤなことされたらやり返していいんだよ。」といつも言っていることとは違うことを言ったり、「すぐ泣いちゃうからだめなんだよ。」とむちゃなことを言って妙なプレッシャーをかけてしまう。こんなことを言われてはやられた自分が悪いと思ってしまい、私に対して安心できなくなってしまう、とすぐに反省するのだが、目の前の小さな姿を見ているとやるせない気分になってしまう。

 いつの時代も自分の子どもが「素直で優しい子」に育つよう望む人は多いと思うし、私もそう思っているが、今の子どものおかれた状況を考えるとそれだけでは足りないというか、自分の思いをきっちりと伝えたり、周りとうまく合わせていける力が必要とされているような気がする。本当はみんなが明るくはきはきとしている訳ではないし、またそのことだけが良いことでもない。内気でも泣き虫でも不器用でもマイナスの要素と捉えない、その子のどんな部分も抱えてあげられる人になりたい、そんな社会になって欲しいと強く願わずにはいられない。

                  (有)

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