ちびぷうちゃんの話 第5話
親子遠足に続き、生活発表会の前日にも熱を出してしまったちびぷうちゃん。どうも、行事の前には熱を出す傾向があると見ているのだが、それはもしかすると親の気合が伝わっているのかも…。発表会当日は無事に熱も下がり、張り切って「アンパンマンの大冒険」という出し物を演じていたが、2歳児とはいえ、皆なかなかの名演技?で、会場は笑いの連続だった。(でも、コントじゃないですよ、念のため)つめかけた親は三脚にビデオをセットし、カメラを構えてもう大変。私たちも「落ち着いて見ようね。」と話していても、いざ始まれば夫はビデオを撮り続け、私は「きゃあ、かわいい!」を連呼しながら写真を撮りまくっていた。いつもはどんくさくて、とろとろやっているフィルム交換も舞台を見ながら、あっという間だ。
遊びに出かけても、子どもと一緒に楽しむというよりも、ビデオや写真を撮るために来ているのではないかというぐらいずっと、「笑って。」とか「もう1回そこに立って。」とかやっている親のことを皮肉ったコラムを読んで、苦笑いをしてしまった。自己満足のためにそうしているのではないか、とも書いてあった。
児童虐待に関連したものでも多く指摘されている「未熟な親」についても心当たりがあり、固まってしまう時がある。「自分の目先の些細な欲求に振り回され、それを阻む子どもに感情のまま怒る。」うっ、痛いところをつかれた…。夕食も済み、私も一日働いて疲れているのでゆっくりしたい、新聞を読んだり、録画しておいた連続ドラマも観たい、お酒飲みながらごろごろしたい、そういう小さな望みをちびぷうちゃんはことごとく破壊する。ちびぷうちゃんにしても、家では思いっきり甘えて、わがままを聞いて欲しいはずだし、せいぜい1時間もすれば「おねむ」の時間なのだから、自分のことは少し後回しにして、相手をしてあげればいいのに。そんな分かりきったこともできなくて、「もう、わがままなんだから!」と怒っている時(自分の都合のみを優先しているので、叱れない。)さみしそうに見上げられると、自己嫌悪に陥る。日々その繰り返しで、確実に成長していくちびぷうちゃんに比べると何て進歩のない、そして未熟で幼稚な私。
先日聴いた弁護士の伊藤 芳朗さんの講演にもあったけど、大人が自分の身勝手な都合だけを優先させて干渉しすぎたり、逆に全くかえりみなかったりすることによって子どもがどれだけ翻弄され、傷つくかをよく考えなければいけないと思う。「愛されたい」「受け止めて欲しい」その一心で大人の都合に合わせ、大人の望むよい子を演じ、どんどん息苦しくなってゆがんでいく子どもたちの悲痛な声を聴き続ける伊藤さんの話にとても切なくなった。メディアを通して見る限り、今の子どもたちは問題が多いように感じさせられるが、生まれた時から悪い人間が増えているとは考えにくい。育っていく環境や社会がそうしているのだと感じた。
(有)