第23回みんなのしあわせを築く

八尾市民集会

 2月22日(木)八尾市人権啓発推進協議会主催による「第23回みんなのしあわせを築く八尾市民集会」がプリズムホールで開催され、当日は287人の方が参加されました。

人権啓発推進モデル地区実践報告

 第1部では竹渕地区人権啓発推進モデル地区運営委員会より2000年度の活動報告がありました。「人権 ふれあい 竹渕の輪」という標語の横断幕をつくり、地区の行事のたびに掲げたり、皆さんで作成したウィンドブレーカーを着用したりと人権意識の高揚をめざしてこられました。研修会では奈良県の水平社博物館を訪問されたり、「在日コリアン高齢者集いの家」・八尾サンポラムの代表者である徐 玉子(ソ オクチャ)さんをお招きし講演会を実施されました。モデル地区事業は2年間ですので、来年度もより一層の取り組みがされると思います。

北山本地区福祉委員会

 次に地域の人権活動の取り組み報告が行われ、まず北山本地区福祉委員会より中国帰国者交流事業が報告されました。ボーリング大会やぶどう狩り、市民スポーツ祭やもちつきなど様々な事業を通して交流を図ってこられた様子が報告されました。

八尾市同和教育研究会(八同研)

 八同研からは高美中学校の総合学習の取り組みが報告され、自分達で学ぶという生徒達の姿勢、そしてその学習から学んだことなどが伝えられました。

 

第2部の弁護士 伊藤 芳朗さんの講演を聞いて

小 野  聡

 この講演は私にとって、とても興味がある内容でした。今、子どもたちに起きている問題がみんなの真剣な取り組みによって、子どもと大人がつながり日本の社会が変わる思いがしました。

 講演を聞いて考えてみると確かに最近のニュースで「子ども」という言葉をよく耳にします。私が今考えただけで様々な言葉を連想することができます。やはり1番目に思い付くのが、少年による凶悪な事件です。1997年 神戸市で小学生連続殺傷事件が起きました。容疑者は中学3年生の男子生徒でした。びっくりしたのは当然でしたが、なぜこのような事件が起きたのか頭の中で理解ができませんでした。また2000年5月には佐賀でバスジャック事件がありました。この事件の容疑者は17歳でした。これら以外にも子どもが起こす事件は沢山ありました。少年たちが凶悪事件を起こしたのは事実であり、罪を償わなくてはなりませんが、そこに至るまでに「何とかできなかったのか」「そこまでさせるのは何なのか」と思い、もし生活環境から引き起こされたのであれば残念な気持ちになります。

 次に思い付くのが学校の学級崩壊です。とくに小学校において最近は多いようですが、私も現場を見た事がないので詳しい事はわかりませんが、教室ではゴミが床に落ちていて、授業を始めても静かにならない。また勝手にトイレに行ったり、教室を歩き回ったりと…、話を聞いて思っていたよりひどいようです。その原因は先生だけでなく、親にもあるようです。伊藤さんが話された中に親子のコミュニケーションが出てきました。私は「これだ!」と思いました。子どもにとって安らげる場所は家庭だと思います。もしそうでなければ、そのようにしないといけないのです。親の前では気を使ってよい子にしていても心の中ではストレスがたまっていつ爆発してもおかしくない状態なのだと思います。また逆の場合もあります。本当の自分をいつも分かり合える関係が必要なのだと思います。親からの一方的な話ではなく、子どもの意見も聞き、それを取り入れる親と子のコミュニケーションが大切だと思いました。

 3番目に子どもと聞いて思い付くのが子どもの虐待です。報道されているのを聞いていると、しつけという考えから起きている場合が多いようですが、傷害を負わせたり、時には死へとつながる場合も多々あるようです。これはしつけではありません。しつけの延長がこのような傷害や殺人であるはずがないのです。子どもの人権を無視し親という立場や大人という立場を利用した犯罪だと思います。このような問題がより一層深刻になり2000年5月に児童虐待防止法が成立しました。この中で児童虐待とは身体的虐待、性的虐待、心理的虐待、ネグレクト(食事を与えない、長時間放置、病気になってもそのままにするなど)となっていて、同時に学校の先生や医師などの関係者は早期発見が義務になりました。しかし本当に防止するためには暮らしている地域の力も必要な気がします。

 これらの問題で表に出てくる言葉は子どもだけで、大人との関係はあまり言われていません。しかし子どもは大人が創った環境で生活をし学んでいるのです。子ども同士であれば、気持ちがわかるという子も結構いるようです。どうして子どもの気持ちが分からなくなったのか日本の社会全体で考えないといけない気がします。伊藤さんの言葉を使わせていただいて言うと「子どもが変わったのではなく、大人が変わったのでしょう。」子どもは大人の意見に従うロボットではありません。

 終わりに子どもの人権も含めて人間が持っている人権について感じたことを書きます。人は自分と違った人を嫌いがちです。しかし他の人から見れば、その人もまた違った人になってしまいます。世界には60億もの人々が生活をしています。もし、みんなが同じ形をして、同じ考え方をして、同じ行動をすると、とても寂しい世界になってしまうと思います。色で例えるなら1色しかない単調な世界です。60億人いるということは、それだけの考え方があり多様であって当然だと思います。そこに新しい考えや楽しみ、悲しみがあるのだと思います。そんな世界では他人を認める自分がいて、自分を認めてくれる他人がいるはずです。伊藤さんかおっしゃったように「相手を憎むだけでなく、赦す心」そこにお互いの人権が尊重されているのだと思いました。

 

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