地球市民として生きる
第8回
日本国際飢餓対策機構 清家弘久
― 開 発 と は 3 ー
(人が生まれ変わること)
7月から8月にかけて中南米の国々を訪れました。今回はワークキャンプのチーム(14名)を連れて、中米のホンジュラスに行き、そこでトイレ建設に汗を流しました。また、その足でペルーとボリビアを訪問する機会が与えられました。
今回の旅で、私がぜひお伝えしたいことがあります。それはホンジュラスで活動しているジェリコ・ミニストリーの活動です。リーダーのアメリカ人のベティは20年もホンジュラスで働いている宣教師です。彼女は2年前に牧師からチャレンジされ、首都のテグシガルパに立っている売春婦の人たちに伝道をし始めたのです。それは彼女にとっても本当に勇気がいることでした。恐る恐る彼女たちに近づき、なぜこのような商売をしているのかとは尋ねないで、まず彼女たちの友人になろうとすることから始めていったのです。最初は心を硬く閉ざしていた彼女たちも、やがてベティに心を開いていくようになりました。そして2年の間に20人以上の人が、その商売から足を洗い、今ではその人たちが自ら通りに出かけていって、仲間たちに足を洗うように勧めているのです。
しかし、ベティには悩みがありました。この人たちが通りに立っていた理由は、貧困であったからです。理由なく夫に捨てられ、子どもと親を抱えて、明日食べることもできないという極度の貧困ゆえに通りに立つようになった人がほとんどだったのです。(その意味では日本の援助交際をする人とはぜんぜん違います)その人たちをどう食べさせていくか、それが問題だったのです。
ベティは売春婦生活から足を洗った彼女たちに裁縫を教え始めました。そして、アメリカの教会の支援で小さな店を出し、そこで彼女たちが作った品物を売ることを考えたのです。元々ミシンをかけたり、物を作ることが得意だった人もいますが、全く教育を受けてこられなかった人もいます。しかしベティは忍耐強く教えました。その結果、短期間の間に驚くほど上達し、さまざまな物を作り出すことができるようになったのです。
「私は5年間通りに立っていました。しかしもう2度とあのような生活には戻りません」一人の女性がはっきりと私たちに語ってくれました。今もその力強い声の響きを忘れることができません。また、彼女たちが作った品物(タオルやランチョンマットなど)にはカードが添えられており、「この品物を買ってくださったことで、私と家族を支えてくださりありがとうございます。再び元の生活に戻ることは決してありません」と書かれた製作者のサインとメッセージがあり、熱い決意が伝わってきました。 まだ、ジェリコ・ミニストリーが活動を始めて2年ですから、まだまだ乗り越えなければならないことがたくさんでてくるでしょう。しかし、一緒に訪れた日本人が彼女たちの生き生きとした姿に心動かされ、その場をしばらく立ち去りたくない思いになりました。そして、それはこのホンジュラスの人々にも伝わるであろうと確信したのです。人が真に生まれ変わること、これがなければ本当の開発はありえません。彼女たちの姿を見て確信を深めることができました。 |
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ベティさん |
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