がらがらポンでおもちゃ箱

朝鮮人で泣き出したMと私

 私は子どもの頃、朝鮮人であることを隠していた。ほんと、今思えばなんとそのことに無駄な?エネルギーを使ってきたのかと思うと、正直損な気持ちがしている。私は小学校の低学年の時に、朝鮮人であることで、いじめられたことがある。そのいじめ事件は少し複雑で、首謀者Mは私と同じ朝鮮人で、実行したのは日本人の男の子Fだった。Fは今にして思えば、Mにいじめられていたし、命令されればやるしかなかったんだと思う。それまでFと私は結構仲良しだった。Fは命じられるままに私に「朝鮮人のくせに」という言葉を事あるごとに投げかけながら、そのことの意味もほとんどわかっていなかったと今にして思えば思う。

 私は最初の内はそれでも、じっとがまんしていた。そのことが大きくなるとクラスのみんなにばれてしまうのが怖かったから。でもある時、多分図工の時間だったかと思う。FがMに言われるままやっぱり、朝鮮人のクセにという言葉を投げつけ、私は我慢しきれず泣き出した。先生がどうしたのかと尋ねた時、私の隣の席のTが「Fが村田さん(当時の私の名前)のこと朝鮮人っていってた」と事情を説明した。その時私は深い絶望に陥り、「いいやった!いいやった!」と泣きながら、Tを責めた。すると、なぜ自分が責められるかわからないT君も泣き出してしまった。その時私が避けたかったのは、クラスのみんながそのことを知るということだ。今までは一部の人間関係だけだった?のに、気のいいT君が皆に公言してしまい、私が朝鮮人であることがクラスのみんなに知られしまったことに、どうしようもない感情が噴出したがゆえの行動だったのだ。私はそんなふうにして、みんなに朝鮮人であることが知られてしまう。それでも、子どもの私は健気に一生懸命に、その後も隠し続ける。

 でも、それよりつらい朝鮮人「宣言」に私は小学校6年の時に出会う。それは、Mが朝鮮人であるということを先生がクラスのみんなの前で公言したことである。Mはいじめっこで、しょっちゅうクラスでトラブルを引き起こしていた。手を焼いた先生は、ある日彼をみんなの前に立たせた。「Mは勉強もできるしスポーツもできる。それを活かしてほしいのにどうして、人の嫌がることばかりするのか?M君は朝鮮人だ。朝鮮人はすごくできるか、できないかどちらかだ。かれは出来る人になれるのにどうしてできない人になろうとするのか?」そんなことを言い出した。「M君は朝鮮人です」と先生が言ったとき、私は信じられない光景を見た。あの強いMがウオーウオーとおおかみのように泣き出したのだ。こらえようとしてもこらえられない雄たけびのような声。教室の空気は氷つき、私はいたたまれなかった。あそこにいるのは私ではない私ではないと言い聞かせていたような気がする。なんで先生そんなこと言うねん、なんでやねんと泣きそうになっている私がいた。

 そして、私は痛感する。朝鮮人が、認められるためには「できる」子にならなくてはいけないということを。その後、「できる」子を自分に求めながら、そうはならない私に自己嫌悪するという思春期を向かえることになる。

 

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