緑のモザイク
「八尾が一番美しい季節はいつですか。」と聞かれたら、あなたは何と答えますか。
「玉串川の桜並木が見事な春」「高安山の燃えるような紅葉の秋」…と自分の好きな風景を思い浮かべて答えられるでしょう。私は、夏の風景も捨てたものじゃないと思っています。「緑のモザイクの夏」です。<緑のモザイク=水田風景>というわけです。
緑の衣ずれの音
今、水田では、稲が草緑色の丈をしなやかに伸ばし、風のリズムに合わせて揺れています。もう稲穂をのぞかせている水田もあります。その上を、今年は早くから赤トンボが多数群れ飛んでいます。水田を眺めながら、自転車で通り過ぎる時に感じるのは、稲が風で揺れる音(緑の衣ずれの音と言いたいくらい)とにおいと涼しさです。街なかでは出来ない大きな深呼吸をしたくなります。夏の水田は、この時期、八尾市の緑被率を大幅に高めているのでは(?!)と思ってしまいます。
日本人の悪い『潔さ(いさぎよさ)』
八尾には、まだ自然が多く残っていると言われています。桜並木も、高安山も、水田も、八尾の素晴らしい風景ですが、それらは、長い年月をかけて、多くの人の手によって保たれてきたものです。そして、これからも失いたくない風景です。
高安山にごみが捨ててあったり、川や田畑に空きビンや空き缶が捨てられいるのを見かけることがあります。タバコのポイ捨てもそうですが、自分とは関わりのない場所だから、汚れても誰かがきれいにするだろうという気持ちになるのでしょうか。<自分が捨てたものは、もう自分のものではない>というのは、日本人の悪い『潔さ』だと思います。
これでいいのか
美しい景観は、保全する努力で、その姿をとどめることは可能ですが、まちは少しずつ変化しています。住む人の生活環境も生活の質も変わってきました。高安山が紅葉に染まる頃は、野焼きの煙が多く見られるようになりますが、<おじいさんの代からやってきたこと>の行為は同じでも、その中身が変わり、周辺の環境が変わっている現在、これでいいのかと問い直す事も必要といえます。
視覚・聴覚・臭覚・味覚・触覚
環境の様々な問題は、私達が知らないでいる・気がつかないでいることの危険性を多く含んでいます。私達は、情報に対する判断力を養いながら、五感をしっかりと働かせましょう。
もうすぐ緑のモザイクから、黄金色のそれへと、変わっていきます。八尾のまちを空の上から眺めるように、感じてみて下さい。
地球は先祖からの贈り物ではなく、子孫からの預かりもの。